渡邊邸物語

vol.5 2008年 夏

「渡邊邸」は泥棒騒ぎから1年が過ぎました。
当時、85歳の母が市内でお茶のお稽古を続けていたものの時代と共に何十人と来ていたお弟子さん達も段々減って行きその愚痴を母から毎日聞かされる事にウンザリしていました。
齢が行けばいくほどに何でも悪い事は人のせいにするものでしょうけれどもう聞くに堪えないレベルでした。
母の愚痴とストレスを少なくさせる方法として考えたのは新しくお茶のお稽古を「渡邊邸」で立ちあげる事でした。私は母のお稽古に一切関わらず(嫌いだったので)その話題も聞き流す程度でした。
幼稚園から習い始めたお茶(表千家)も子供だった私は父の言う事には素直に聞くしかなく栗林公園「日暮亭」、玉藻公園「飛雲閣」・・・他いろいろな場所でのお茶会でお手前を経験しました。
お茶会でお歴々やお茶に精通した方々の前でのお手前は今でも心のどこかで誇りにしているかもしれません。
当時の名士はほとんどお茶の世界に入り会話を楽しんでいたように思います。
四季を愛でる心の豊かさがあったのだと思います。
揚家のお茶室は表千家好みで建てられているので一人娘の私にはどうしても「表千家」でなくてはいけなかったのです。
父は表千家の茶道具を集め三千家(裏千家、武者小路官休庵、表千家)の中でどこよりも尊敬していたように思います。
前回登場した掃除乙女隊のメンバーもお稽古には興味を持ってくれていてまた友達にもいると聞いていました。
「渡邊邸」のお茶室は正式ですべて整っているのですから後は教える母とお弟子さんが一人でもいればすぐにでもスタートできると思いました。
実施は梅雨が明けようとする7月でした。
市内からも30分以上かかる場所だしクーラーもないお茶室でどうなんだろう・・・・不安はたくさんありました。
母はハナから「誰があんな所に来るな、わざわざ車で来る人なんておらん・・・」相変わらずのネガティヴさに辟易。
「まぁ、騙された思って私の言う通りにやって」・・・強情な母を口説き落として二人でお稽古の準備を開始。
二人で雑巾がけを汗びっしょりになりながら私は離れていた母との距離が少しずつ近くなっているのを感じていました。
まずは体験お稽古から始めました。
とにかく全くの初体験なのでお茶用語がわからないのと所作もちんぷんかんぷんで戸惑うばかり。
午後からのお稽古は夕方まで続きモチベーションが高いお弟子さんとのやり取りで母も日頃のお稽古とは違う感覚を感じて久々に充実したお稽古だったと手ごたえを感じているようでした。
「雀巣庵」(茶室)は西と東が開き庭の緑の木々からの風が揺れて蚊取り線香のなつかしい香りが漂っていました。

08/02/2010

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