渡邊邸物語

vol.7 2008年 9月

小豆島のデザイナーYUCCOと妖怪画家の柳生忠平氏の作品展が「渡邊邸」で二日間行われました。
お座敷「念魚」と「雀巣庵」にYUCCOの作品。
「櫛窓」と仏壇の部屋に柳生忠平氏の妖怪画。
「孤月庵」でお茶席。
「渡邊」が完全に生まれ変わった瞬間でした。
父の愛したお茶室は現代の若者の感性で塗り替えられそして再び輝き始めました。
発想の転換はこんな形でできるのだと彼らの設営を見ながら感じました。
柳生忠平氏は当日まで夜を徹して作品と向かい合っていました。
妖怪と茶室のコラボレーションは画期的な事です。
それにしてもあまりにもピッタリで妖怪もあの時は「渡邊邸」で乱舞していたのではと思ってしまいます。
YUCCOはトロピカルな色使いの革バッグとアクセサリーと和風な小物がメイン。
彼女は「念魚の間」には色気を感じると気に行って構想通りにデコレーション。
それは和と洋の融合が素晴らしく何の違和感もなく色と空間が上手く生かせていました。
連日、思いもかけない程のお客様が来られました。
YUCCOと柳生忠平氏のファンとこれまで「渡邊邸」に来れなかった人たちでした。
イベントは大成功に終わりましたが、多くの問題点が残りました。
まず、庭の徹底的な掃除と障子の張り替え、そして駐車場でした。
父「順久」42歳の時に生まれた私は父が目の中に入れても痛くない・・・・この表現が誰よりもピッタリだと世間では言われていました。どこに行くにも片時も私を離さず寝る時もを抱いて寝ていました。
常に一流の物を身につけてくれて自転車もランドセルも東京日本橋の三越で買ってくれました。
当時は羽振りの良かった父でした。
東京に行けば必ず銀座で買い物をしてお寿司を食べ「千疋屋」でデザートコースでした。
今でも銀座に路面電車が走り、東京タワーが建つ様子を思い出せます。
銀座に行くと父が私の手を引いて歩いたあの時が浮かんで来ます。学校などあまり気にせず私はしょっちゅう学校を休まされていた・・・・訳です。

08/13/2010

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